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今日もこの世界の果てから

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ピコ太郎が「苦労」したから報われたと美談にするメディアに疑問しか湧かない

ニュース記事に目を通していた際に、こんな内容が書かれたものを見掛けました、

ピコ太郎が苦労したから報われたと、

これ見て思うんすよね、まるで苦労しなきゃ報われない、

苦労したから報われたとか暗にそう言いたい様な気がして。

違うよね? 運がよかったんでしょ?

苦労しても全員が全員報われるとは限らない。

mainichi.jp

確かに売れたことは凄い

私は芸能人でもなんでもないので、芸能界で食べていく辛さとか、

芸人さんがまともな収入を得るのがどれほど大変かとか、

経験した訳じゃないので、テレビなどを見て「あぁ、大変なんだなぁ」

としか分かりません。

なんか一つ爆発的に売れたら揚げに上げて、たとえその商品がいいと思っていなくても周りでヨイショヨイショする日本のそんな動きが凄く嫌悪感を抱くんですよね。

まあこれに関しては日本だけじゃあないですが。

あぁ、これはあくまで個人の感想なんでそこはご了承下さい。

苦しいアルバイト生活をしながら、動画を挙げたことが確かに、成功につながったのかもしれない。

どんなことで食っていくにせよ、まずは応募や投稿をしないと、何も始まらないのも理解出来る。

諦めたらそこで試合終了ですよという言葉も理解出来る。

あっ、これは私が一番好きな言葉です。

f:id:inusanbou:20161118165840j:plain

(※画像引用:スラムダンク) 

そりゃ諦めずに継続して物事をやるのはとても大事なことだと思います。

しかし、そこに努力していれば、苦労していればいつかいいことがあるといった感じで、刷り込みの様な論調で記事を書いて世論を、「頑張れば報われる」という共同幻想を植え付けて誘導するのはどうなのかと。

ピコ太郎さんがこれから売れ続けるのかどうかは、神のみぞしるとこなんですけど、

どうせ飽きたらすぐ忘れるんだろう? と突っ込まざるを得ない。

報われるのは運の要素も絡む 

ピコ太郎がジャスティン・ビーバーの琴線に触れて拡散されたので、今回の爆発的な人気に繋がったのは事実です。

9千万近くのフォロワーがいれば、それだけでその人が「これいいよ」というと、

無条件に「いいかもしれない」と思ってしまうのが人間。

本当は思ってもいないのに。 

一種のハロー効果の役割もあるんでしょう。

ハロー効果というのは、ある優れた性質を持っていると、
その性質のイメージに引っ張られて、
他の部分においても優れている、と認知してしまう事を指します。

大企業がCMに有名人を起用するのも同様です。

有名人が企業の商品を紹介していると、その商品が良く見えてしまいませんか。


企業や学校のパンフレットや紹介ホームページを見ると、

総じて「容姿がいい」人がページを彩ってますよね。


それを見ると良い印象を少なからず覚えるはずです。

紹介している人の容姿がいいからその企業、学校が良く見えてしまう。


実態が良くも悪くも。

ジャスティンさんから紹介されたピコ太郎さんも、「運がよかった」のだと思います。

そうそう、運がよかったんです。

ネガティブなことを書くようですが、ジャスティンビーバーに紹介されなければ、

もしかしたらこのまま永遠に報われることはなかったかもしれない。



その証拠にこれまで誰もその存在を知らなかった訳じゃないですか?


いやっ、知っている人もいたかもですが。

世の中どうなるかは分かりませんね。

ピコ太郎は努力を続けた結果、運を引き寄せて成功したのかもしれません。

毎日新聞もどうせ書くのなら、ただ単に「苦労したから報われた」、「苦労しなければ報われない」という書き方をしないで、もう少し現実的な側面も加えて書けないんですかね~

美談的な書き方をすれば、読んでくれる人が多いのは理解出来るんですけど。

最後に

どんなことでも努力なくしては、成功に繋がる運に巡り合うことはないのかもしれませんが、暗に「苦労すれば報われる」とあくまで苦労することを前提にした幻想を、刷り込む様な記事を書かないでほしいと思いますよ。