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人生に満足したければ安易に仕事を選んではいけない

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安易な行動による結果 

安易に仕事を選んだ報いを受けている。

安易に仕事を選んだ報いを受けている。

大事なことなので二回言う。

大事なことだ。

このことを吐き出したい。

これは今、世の中で死んだ魚の目をして働いている人全てに共通していると思う。

そもそも俗にいう『死んだ魚の目』とはどういった状態だろうか? 

それは私見だが『生きている実感』を本人が感じていないからだと思う。

『生きている実感』といえば?それは本人が楽しい、充実した自分が本当に望む時間を体感できているか否かだと思う。 

難しく考え過ぎ?いやいや人間は考える生き物だ。思考しなかったら脳なんてただの飾りだ。ジオンの兵士いわく、『ジオングの足なんて飾り』と言っているのと同じ。

あっても無くても変わらない。『生きている実感』とかそんなのは幻想だと言う人がいるだろうが、少なくとも私はそうではないと思う。

生き方

今、日本に住んでいる全ての働く人には本当は望む生き方があったと私は考えている。誰しも心が未発達な幼稚園の時期に一度は思ったはずだ。『将来はこの仕事になりたい』と。 

そう感じて卒業文集なりなんなりに書いたはず。例えとして幼稚園の時期を例に出してしまったが、純粋な気持ちを持っている唯一の時期だと私は今となってはそう断言できる。 

何故かというとその時期が一番「自分らしく振舞い、自分らしく生きて遊んでいた」時期じゃないだろうか。

思い出してほしい。その頃は何もかもが純粋に見え、自分が世界の中心で自分の思いや、願いが全て叶う時期だと思える時間だった。 

私もおぼろげながら幼稚園の時期の記憶を掘り起こしてみると、本当に何にも囚われずに自由にふるまい生きていたと思い出せる。

あの頃は傍目も気にせず同じ組の子をふざけて笑わせていたものだ。今の暗い状態とは違い別人の様に明るく、私の世界は常に輝いていた。 

私がふざければ、皆が笑ってくれる、笑顔がみたいあの子が笑ってくれる、それだけで道化を演じる価値も私が存在する価値もあった。純粋に、心からあの時期を楽しんでいたんだ。

そしてその頃私もほんの小さい頃の所感だが、この職業に就きたいと思う時はあった。 

それは真実だ。

小さい頃の夢なんて年を経過することによって変遷してしまうと大抵の人は言うかもしれないが、本当にそうか? 

本当は心の奥底に本当の自分を押し込めて生きているだけなのではないのか?新卒で入社した新社会人の諸君が速攻で辞めたり会社に行きたくなくなっている報道なりニュースなりを目にする。 

そんなすぐに辞めてしまう新卒の新入社員を観て、人生の先輩達は我慢が足りないとか、これだからゆとりはとか勝手なことを言うが、私からしたらそんなすぐに辞めたり、意志を行動に移す人達こそが真に自分の人生を生きていると感じるんだけどね。

自分で決めているだけ。 

先輩方は我慢も仕事の内と予定調和の如くの言を吐くが、そんな自分を殺して我慢をして生きているから生産性を上がらない、上げられない人達が出てしまうじゃないのか?。

私の様な。 

すぐ辞める新入社員はミスマッチだから辞めた、ただそれだけ。それは人間の行動として正しい。

何故かというと自分の意志と反する行動をすると心が摩耗する原因だし、思考が働かなくなってしまうからだ。 

新卒の人がすぐ辞めるのは自分の意志と、実際従事した仕事とのミスマッチが8割強の原因だと思う。 

または働く覚悟ができていない人は論外だが、往々にして自分が望む仕事を、ビジョンを安易に設定して新卒の諸君は適当なところに就職してはいけない。 

簡単に給料がいいから、福利厚生がいいから、皆が就職を決めて自分だけ決まっていないから焦って自分が就職しよう、として自分が働こうとする企業の仕事内容を確認しないと、その会社や会社で働いている人、何より自分に迷惑が掛かる。

自分に迷惑を掛かると書いたが、自分を理解しているだろうか?自分を制御できているだろうか?自分の心を無視していないだろうか?よく考えてほしい。 

自分が「こうしたくないのに」と思っているのに自分の心を押し殺して「こう思っていると思い込む」ことをしてしまうといつか溜まりに溜まった負の心のダムが決壊してしまい、ダイダルウェイブの様に押し寄せてしまう。 

無気力になってしまう原因だ。

自分が見えなくなってしまう。

心が摩耗する。 

心が摩耗すると書いたが、この点は大事にしてほしい。主に働く人に言いたいのだが、自分が嫌と心では感じているのに、自分の心情を押し殺して無理に心と反対の声を言ってしまうと心がすり減ってしまう。 

私は以前勤めていた時に上司の方に『アルバイトの人の為だったら休日出勤なんて喜んでするよな』(出勤してもしなくても残業代は出ない)と言われて内心では『めんどくせぇ~どれだけこき使う気だよ』と思っていたのにかかわらず空気を読んで「当然ですよっ!」と度々吐いてしまった過去がある。

頑張っても何も自分に利益が無いのにだ。

自己責任

結局のところ滅私奉公が当たり前の会社が多数存在するのが日本であり、そんな会社にしか入れない自分が悪いので全て起きた事象に対しては自己責任だ。 

私が好きな漫画で東京喰種という漫画の中で『この世の全ての不利益は当人の能力不足』という言葉が使用されるが今の私にはまさにその言葉がふさわしい。現状維持ばかりを選んでしまう。楽な方を選んでしまいこのざまだ。

大体の人が仕事と自分の人生に折り合いを付けて妥協して生きていくが、その折り合いを付ける、妥協するという行為が人生の価値を薄める原因だと思う。

多くの人は私の様に小難しいことを考えないのかもしれないが、自分の在り方に悩んでいる人は今の現状と自分に納得していないから悩む訳。 

ある人は言った、

「やりたい仕事ややりたいことを見つけないと本当に幸せになれない」 

ある人は言った、

「やりたいことなんてない」

これはどちらも真理であって真理ではない。 

人によって解釈が違うからだ。私はやりたいことが本当にあってそれに進んでいる、頑張っている人をみると眩しく見えてしまう人間だ。 

本当は自分もそう在りたいのにその自分を押し殺して何も考えない方へ逃げてしまった。考えない方が楽だから。 

しかし実際考え出すと止まらない。今自分が進んでいる道すら正しいかどうか分からなくなる。 

ここ最近自分を見つめ直してみたら人間関係でもう辟易している自分がいる。ただフリーになる実力はない。 

こうやって今、貴重な新卒カードを使い安易に仕事を選んでしまった報いを今受けている。特に興味の無い会社に就職し、大事な時間を無駄にしてしまったからだ。 

もし就職活動をする就活生がいつかこの記事を見たら一度しかない貴重なカードを無駄にしないでほしいとは思う。 

人生に満足したければ、安易に仕事を選んではいけない。

最後に

人間は一度自分の在り方を考え出すと、途端に深淵から手が伸びてきて深い深い闇の中へ引き釣り込まれそうになるから辛い。

気分は終わりのない砂漠を歩いている様だ。先が見えない。 

それを打ち消す為に人間は両の足で歩くんだ。

人間は自分の意志と考えで歩いて決めて進んで辿り着いた結果にこそ、『生きている実感』が得られるのだと思う。

紛争が激しく毎日の様に危険や紛争が絶えない日本で生まれたからこそ、人間は自分の在り方を考えるべきだ。『死んだ魚の様な目』をしたくなければ。