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自分が楽しくないと何かを続けられない

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何かを続けられない人は楽しめてないのだと思うのです。

私は三日坊主を地で行く性格なので、余り何かを継続出来たことがありません。

ですが、文字や漫画を読んだり見たりするのが好きなんですよね。

続けているのは、自分が楽しいと感じるからです。

では楽しんでいる状態とはどの様なことを指すのでしょうか?

考えてみました。

心が望む

小さい頃には誰しもこの言葉を言われたこと経験があるかと思います。

父親か母親に「勉強しなさい」と。

勉強しろと言われて何人が勉強するでしょうね?

勝手な推測ですが、10人中2~3人入ればいい方だと思います。 

仮に言われて勉強机に向かったとしても、それは望んでいてのことではないでしょう。

嫌々だと何も身に付かないし、心に勉強することに対する忌避感が残ってしまいます。

勉強することに限ったことではないですが、何事も取り組む際のやり方を変えて、楽しいと考えを変えられれば自然と好きになるでしょうし、楽しいと思えたら自ずと望んでやりますよ。

苦行だと感じることなんて必要に迫られないと、誰もやりたくないですからね。 

そのことしか考えなくなる

起業家で成功している方の書籍や体験談を読んでみると、彼ら彼女はそのことしか行っていないと感じました。

衣食住の何かしらが欠けているんです。

そのことしか行わない一種の狂気性を感じました。

衣食住の何かしらが欠けた状態で、彼ら彼女は結果的にすべからく成功という結果に到達しているので、それこそ結果論でしかないですが、楽しいと感じているからそのことしかやらないし、考えなくなるので成功に繋がったのではないかと思います。

夢中になると言った方が正しいのかもしれません。

夢中になったからと言って、成功や望んだ結果に繋がるかは分かりませんが、少なくとも何かしらを掴む要因にはなりますよね。

何かに夢中になれるのは、情熱を燃やせるのは輝いて見えます。

その姿が人を惹き付けるし、原動力にもなりますから。

やれと言われなくてもやりたいと思う

本当に好きなことだと自分が思って入れば、誰かからやれと言われなくても自然とやり出すのだと思います。

それは自分が楽しいと認識している何よりの証拠であって、たとえ取り組む内に苦しい段階が訪れても、楽しいとことだから望んで苦しいことにも取り組んで行くのではないでしょうか。 

最後に

どんなことでも苦しいと思い出したら、心に苦しい感情しか湧かないので、今取り組んでいることに楽しい点や意味を見出すことが続けられるし、嫌いにならないんじゃないでしょうか?

人間は意味も無く、惰性で何かをやり続けるに耐えられない生き物ですからね。

惰性でやり続けている事実を直視したら、そのことは苦痛以外の何者でもなくなってしまいます。