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義務や責任とかじゃなく楽しい要素を見つけよう

f:id:inusanbou:20160503214549j:plain私は義務や責任等と言った言葉に凄く拒否感を覚えるんですよね。

理由は何でも義務とか責任感で定義してしまうと途端にモチベーションが下がるからです。

人間を縛り付ける言葉としてはこれ以上ないくらい最適ですが。

押し付けてはいけない

私がはてなブログさんでブログを開設してから、はや2ヵ月経過しちょっとずつコメントを下さる方が増えて来ました。

コメントいただけると嬉しいですね。たとえパソコンか携帯電話の画面越しではあっても誰かと意思の疎通を行い、反応をもらうと繋がっていると実感出来るからです

だからといって、書いた物に毎回コメントを期待している訳ではありません。そんなことだったら読んでもらった方に、押し付けてしまっているみたいで、それこそ義務になってしまいます。

気が向いた時にコメントをいただければそれで充分です。コメント云々に限ったことではないですが何にしても押し付ける様なことはされたくないですし、したくありません。

仕事やお金に関しても同様のことが言えます。時代は会社に雇用される形から一人で稼いで行く方向にシフトしており、ネットでぐぐれば稼ぐ手段がいっぱい存在します。

私はこの商材を買って月何百万円稼いでサラリーマンを脱出したとか、煽り文句で適当な商材を売って稼ぐ人も見かけますね。

私は試したことはありませんが、往々にしてそんな手法はすべて嘘っぱちだと思います。なんでかっていうとそんな教材一つで稼げたら誰も働いてはないですから。

楽に稼げる手段があったら、教えてほしいくらいです。

ブログ関連で稼ぐと言ったら俗にいうアフィリエイト商法ですが、現実問題稼ぐまでにはそれこそ継続して、毎日記事を書き続けなければいけないのでよほど、書くことが好きでないとモチベーションが保てないでしょう。

それこそ義務になってしまいます。

アフィリエイトでしか生きていく手段がない、腹をくくってやるくらいの覚悟がないとだめでしょうね。

こうなるともう苦しい感情でしかなくなってしまいます。せっかく自由を得ようとアフィリエイトを始めたのに、会社に勤めて勤務しているのとほぼ同じなんて、悲しいじゃないですか?

そうなると人間は一生自由になれることはないのでしょうか。 

義務とか責任という言葉の鎖

現在進行形で会社勤務の方には義務と責任が付きまといます。

仮に仕事上で会社に莫大な損害を与えてしまったら、責任を取って退職と追い込まれることもあるでしょう。

不正を行っても一般市民が望んでいる様な真実ではなく、適当な受け答えで言い逃れをして上手く切り抜ける政治家や、薬物などを使用しても社会的に抹殺されない芸能人等とは違い、会社に雇われていると常に義務や責任を意識せざるを得ません。

もうねっ!これは苦痛でしかない。

何か新しい企画を考えても、コケたら場合によっては責任を取れなんて死刑宣告に等しいフレーズを、回りから言われてしまったら誰も委縮してしまい、挑戦しようとは思わないでしょう。

仕事が嫌になってもおいそれと辞める決断は出来ないですし、それこそ転職は難しい。それは私自身が身を持って知っていますよ。

ただ、義務や責任といった言葉に縛られていないか、日本人はもっと考えたほうがいいと思う。

日本人が日本人を縛り付けるのに最も効果的な言葉が義務と責任です。

これを出されるともう体と心が苦しくても、やるしかありません

やるしかないモードにさせられてしまいます。

弱音や途中で投げ出すなんて許されません。

確かに頑張って会社に貢献すれば給与や昇進にも繋がる可能性もあるし、会社側も責任のある仕事を任せてくれます。

正当な評価をされる会社及び、強靭なフィジカルを持ち仕事をこなしていける人物だったら、仕事=快楽になるでしょう。

私は昇進しても会社に責任を負わされ、苦しい顔で働いている上司の方を見てきましたが、とても真似出来ないと思ってしまったし、なにより義務や責任といった鎖に縛られて余裕が無く苦しそうだった。

アルバイトの子と話した際に社内で正社員募集があっても、「ここで正社員ww」と一笑する始末でした。

私が「正社員になったら安定しとるよ!」と返したら「それはわかるんですけど、社員の人見てると苦しそうじゃないですか?」と返されてしまいました。

それまでの私は正社員=義務や責任を負うのが当たり前、苦しいのが当たり前、それが社会人という固定観念を持っていたので、言われてからハッとした覚えがある。

義務や責任感等の言葉の鎖に縛られて、いつの間にか仕事を楽しいと思う感情を忘れていたのかもしれない。 

楽しいと思える要素を見つけよう

どんなことにも言えますが、苦しい仕事の中でも楽しいと思える要素を見つけないと、人間は続かない

ブログであったなら書き続けていれば、自分の書きたいことが上手く書けた、文章力が上がった気がする!等楽しいと思える部分を発見出来るでしょう。

ヤフーやニュースサイト、ブログで他人の書いた記事を読むのは一瞬ですが、形はどうあれ記事を生産する行為は、多少なりとも苦痛を感じる場面があります。

別に義務ではないのに記事を生産しているからです。

だが苦しい行為にも前述した楽しいと思える要素があれば生産する動機になりませんか?

それが感じられ無くなってしまったのなら、その時点で行っている行為は義務や責任の鎖で縛られているのでしょう。

そのことはとても悲しいと感じるし、何より自分がつまらなくなり人生がつまらなってしまいます。 

最後に

仕事にしても趣味で始めたことにしても、楽しいと思える要素を見つけましょう。

楽しいと思える要素を見つけたら、それだけで有象無象な毎日を送るより格段に人生が輝いて見えませんか?

何より自分がつまらない顔をしていないと思いますよ。

ではまた。